農家経営という選択肢が完全に消えた件

実に残念な事が起きた。

親父の実家、つまり当方のルーツでもある長野県の牧場。そこの跡取りがまさかの孤独死である。彼は60歳行ったか行ってないか、という年齢だったので早過ぎる死、と言える。

2017年に当方の叔父(親父の兄貴&彼の父親)が亡くなり、奥さんはもう亡くなっていたので文字通り一人で全てを背負う事になった一人っ子の彼。

元々自堕落な生活を送るヘキがあり、持病として糖尿病を抱えていたので、正直遅かれ早かれこうなるとは思っていたのだが、5年くらいは先かな、とも思っていた。

先日、当方の親父が彼と連絡が取れない、という事で、近所に住む親戚に様子を見に行ってもらったら亡くなっていた、との事。典型的な孤独死のパターンだったらしい。

余計なお世話ではあるが、最期、彼がどんな気持ちで息絶えたのか、と思うと複雑な気持ちになる。自堕落ではあるけど、恐らくそれは過干渉&田舎特有の雰囲気がかなり強かった祖母のせいでもあり、育てられ方が少し違えばもっと違う人生だっただろうに、最期まで独身で何を思って日々過ごしていたのだろうか、と、他人の人生だけど色々と考えてしまう。

何れにしろ、残念ながらお家断絶であり、誰も継ぐ人間がいないので、この農家はゲームセットなのだ。今までの人生、日本では米を買った事はなかったけど(厳密には会う度に金を渡してたけど)、これからは自分で米を買わなければならない。アスパラガスが超絶美味かったんだけど、それももう手に入らない。

まぁそれは些末な事だけど、過去にちょっと農家経営に興味を持っていた事もあるだけに、やっぱり残念ではある。

当方の実家が農家である事、及び農業の勉強をしていた事を知っている知人からは、なんで手出さなかったの?と何回か聞かれた事があるが、

調べれば調べる程儲けられないから

としか言い様がない。

この牧場は、米と牛乳と野菜で年間3千万くらいの売り上げがあったっぽいが、苗やら肥料やらエサやらでかなり持っていかれるし、中国人を1人雇ってたからその人件費もかかるし、何よりもクボタの営業と農協に言いくるめられてアホみたいにローンを抱えていたので、実質収支はトントンからマイナスだった模様。言いくるめられて買った最新農機で、近所の田んぼのケアを手伝っていて、そのバイト代は自由に使ってた模様だが、何れにしろ家族たくさんを養えるレベルではない。

まぁ長野の山奥での農業だから、田んぼも一個一個がそんなに広くないし、正直効率は良くない。アメリカに来て、アメリカの力強い農業を目の当たりにしたら余計そう思ってしまう。

ちなみにだけど、これだけ大規模&効率的に行なっているアメリカの農業も、実は補助金ジャブジャブなのはご存知だろうか。ものすごくザックリ書くと、生産コストと販売価格(マーケット価格)の差額を全額政府が補填してくれるらしく、どんどん減って来ている農家を政府が保護しようととする姿勢が伝わって来る。

一方の日本、補助金自体はあるけど、零細農家たちを本気で保護する気ある?といった感じで、とてもじゃないが子供4人を連れて飛び込める環境ではない、と思っている。

という事で、持っていた宅地・農地、及び残債についても全て管財人の手に委ねる事になりそう。

日本にいれば手伝えただろうが、距離の壁がありすぎてどうしようもない。とりあえずお墓の維持だけはやらなければならないので、その金だけは出すが、自分が子供の頃からずっと通っていたルーツが消滅するのは寂しいので、何とかして宅地だけでもゲットしたい所だ。

〜今日の教訓〜

家だけ手に入れてもぶっ壊すのにも数百万円。

疎開先として取っておく、くらいの意味合いしか持たなくなっちゃうよね。

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