インド人みたいに先人から昔の話を聞くのは大事な事だよなと思う件

当方、昔話を聞くのが結構好きだ。

『昔話を聞く』、と書くと、読者諸賢はどの様な光景を想像されるだろうか。

お母さんが子供に絵本を読み聞かせる、微笑ましい光景だろうか。それとも、過去の栄光オジサンが、若手に延々と自慢話をする光景だろうか。

今日書きたいのは、上記二択では、どちらかと言うと後者の方。

とは言え、過去の栄光オジサンが好きなワケではない。そう言う昔話の中にちりばめられる、自分が知らない過去の世界を知る事が好きだ、と言う事だ。

当方の親父は6男2女の8人兄弟で、親父は下から2番目。

一番下の女の子は、子供の頃に野イチゴか何かを食べて死んでしまったらしく、実質親父が一番下だ。一番下であるにも関わらず戦前生まれなので、上の兄弟たちは相当な老人だ。

当方が知っている6人の兄弟は、既に3人が亡くなってしまい、残りは親父を含めて4人。これもだんだん減っていくかと思うと寂しいのだが、兄弟の葬式の時は当然みんな集まり、宴会が始まる事になる。その時に発生する、兄弟同士の昔話を聞くのが結構好きなのだ。

親父の生まれは長野。牧場&農場をやっているので、言ってみればクソ田舎だ。

今でこそかろうじて水洗便所はあるが、当方が子供の時分は、剛直にぼっとん便所オンリーだった。

子供の頃の記憶があまりない当方ですら、

ここに落ちたらヤバい

と生命の危険を感じながら、同時にハンパない臭さで半泣きになりながらうんこをしていた事を覚えている。

30年弱前ですらそうだったので、親父が子供の頃、つまり半世紀ちょっと前はもっとすごかったらしい。

夜中に叩き起こされ、隣の村から◯◯を取って来い、とか言われて、兄弟3人くらいで牛を引きながら提灯を持ってクソビビりながら歩いて行った話とか、ヘビーな話だと、ババァの嫁いびりが尋常じゃなくて、嫁(当方から見ると伯母さん)は結婚してから死ぬまでで1回しか里帰りさせて貰えなかった、とか、ホントに日本であった話かよ、とか思ってしまう。

ただ、こう言った出来事の積み重ねの先に今の我々があるワケであって、その歴史を知っておく、と言うのは真面目にめちゃくちゃ大事だと思うのだ。

さて、ここで満を持して登場するのがインドの話。

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インド人は、家族のつながりがとても強い。

インド人の部下がやたら電話をかけまくっていて、仕事熱心だな、と思ってたら、現地語で嫁さんに

ご飯食べた?体調どう?

と聞いてるだけだった(朝飯と昼飯両方でルーティン化)みたいな事もあり、まぁとにかく家族同士は強固につながっている感を受ける。

特に南部にその傾向が強い様に感じている(実際はどうかわからん)が、親だったり年長者は基本的にリスペクトされており、儒教っぽさを感じる。

親父が毎週毎週歴史を教えてくれるんですよ

と言う家庭は結構多いらしく、昔話を聞く機会も非常に多いらしい。

それって、自分がどう生まれて来てどう育って来たのか、みたいな所にも通じる点があるだろうし、アイデンティティの形成に影響する様な気がするんだが、どうだろうか。

当方がやや右寄りな輩になっているのも、どっかの艦隊の艦長をやっていたらしいおかんの方の爺さんが、戦争や天皇陛下の話を色々してくれたから、と言う点もありそうだし、やっぱり昔話を聞くのは良い事だ。と言う事にする。

その点からも、インド人の家族のあり方も良いモンなんだろうな、と素直に思う。今、そうやって昔話をする家ってあんまりないだろうし。

自分の親もいつまで生きているかわからないし、生きてる間に色々話を聞いておこう、と思うのだ。意外と、自分の知らない話が出て来る可能性が高いだろう。

ただその前に、いつチェンナイから日本に帰るかわかんないけど。そっちの方が当面の課題。

ふと、ゲリクソンしながら色々な事に思いを馳せていたら、なんかえらいしんみりした話になってしまった。

飲み過ぎた日にブログ書くと、変な内容になるよね。

気持ちわりー

~今日の教訓~

親父の方の爺さんは見た事ない。

生まれる前に死んじまっただ。

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